2026年10月9日
インドでは、一定の財務要件を満たす企業にCSR活動への支出が義務づけられており、教育、保健・衛生、安全な飲料水、環境保全など、社会課題の解決に企業の資金が活用されています。政府公表資料によると、2023~2024年度のCSR支出総額、つまり「CSR市場」は約5,700億円に上り、社会課題解決に向けた大きな資金基盤が形成されています。
こうしたCSR活動では、浄水設備や学校向け太陽光設備、公共サービスのデジタル化など、さまざまな技術が導入されています。社会課題の解決に資する技術やノウハウを持つ日本企業にも、現地のニーズに合うプロジェクトを提案し、CSR市場に参加できる可能性があります。本稿では、2025~2026年の日系企業の事例を紹介しながら、技術提案と小規模な現地実証の進め方を解説します。
はじめに:インドのCSR法・CSR規則の概要
インドでは、一定の財務要件を満たす企業に、原則として直前3会計年度の平均純利益の2%以上をCSR活動に支出する義務があります。根拠は2013年会社法第135条とCSR規則です。対象分野は同法別表VIIに沿う教育、保健・衛生、安全な飲料水、環境保全などで、各企業が方針と事業計画を決めます。通常の事業活動や販売促進目的のスポンサー活動などは対象外です。
制度の背景や対象分野は、イースクエアの関連記事「インドのCSR法概要とCSR活動の事例」をご覧ください。本稿では、この制度を踏まえ、日本企業の技術を現地の社会課題解決にどう組み込むかを解説します。
1.インドのCSR市場に日本企業が参入する方法
Q1.中堅・中小企業でも、インドのCSR市場に参入できますか?
社会課題の解決に必要な機器やサービスを提供する立場であれば、中堅・中小企業にも参入の可能性があります。例えば、水処理やエネルギー、デジタル技術などを、地域の課題解決に向けたCSR事業に活用する方法が考えられます。
ただし、インドのCSR制度は、日本企業の海外進出費用を補助するための制度ではありません。対象地域の課題や受益者、期待される効果、費用負担を具体的に示し、CSR資金を拠出する企業の方針に沿った提案を行う必要があります。
技術を提供する日本企業は、機器の販売や設置、研修、保守などを通じて収益を得ることが考えられます。一方で、実証段階で必要となる費用や、その後の継続受注・他地域への展開の可能性も見極めることが大切です。
2.日系企業のCSR事例と採用技術:2025~2026年
Q2.インドの日系企業のCSR活動では、どのような技術が採用されていますか?
浄水設備や学校向け太陽光設備、運転免許試験の自動化など、地域の暮らしや公共サービスを支える技術が導入されています。以下に、各社の公式発表で確認できる事例を紹介します。
①トヨタ:浄水と電力・監視を組み合わせた地域給水
トヨタ・キルロスカ・モーターは2025年2月、カルナタカ州マイソール地区で浄水設備の導入を公表しました。6段階の浄水、TDS(総溶解固形物)のリアルタイム監視、太陽光・予備電源、排水管理を組み合わせ、地域の自治組織とも連携しています。[1]
この事例からは、浄水性能だけでなく、現地の水質や電力事情に対応した設備設計の重要性が読み取れます。日本企業にも、水質監視機器や省エネ技術、保守サービスなど、設備の一部を担う形で参画する余地が考えられます。ただし、TDSの測定だけで飲料水の安全性を総合的に判断できるわけではありません。
②マルチ・スズキ:2025年の学校向け太陽光設備
同社は2025年5月20日、ハリヤナ州カルコダ工場周辺のCSR活動を公表しました。クンダルの公立高校とサイドプルの公立上級中等学校に太陽光設備を設置し、教室整備などとともに地域の教育環境を支えています。[2]
この事例を踏まえると、日本企業が学校向け設備を提案する際には、学校のニーズに合った機器を選ぶだけでなく、導入後の点検や故障対応まで含めて検討することが重要です。なお、公表資料からは設備容量や保守契約の詳細までは確認できないため、費用負担や運営体制は案件ごとに確認する必要があります。
③マルチ・スズキ:2026年の運転免許試験自動化
同社は2026年2月、タミル・ナドゥ州政府と連携し、7か所の自動化された運転免許試験コース(ADTT)の稼働開始を公表しました。高精細カメラ、映像解析、RFID、顔認証、統合ITシステムなどで受験者の運転技能を評価し、試験結果も自動生成するCSR事業です。[3]
画像解析やセンサー技術が公共サービスに活用されている事例として参考になります。同様の技術を提案する場合は、評価精度だけでなく、現地制度への適合性、データの管理方法、導入後の保守体制も検討する必要があります。なお、この事例は、日本企業による機器の供給を確認したものではありません。
Q3.どのような技術提案が検討されやすいのでしょうか?
地域が抱える課題に対応し、導入後も無理なく運営できることを示した提案が重要です。上記の事例を踏まえ、日本企業が検討できる技術と、提案時に説明しておきたい事項を整理しました。なお、各社の採用基準や採用の可能性を示したものではありません。
| 分野 | 日本企業が検討できる提案 | 採用判断に向けた説明材料 |
|---|---|---|
| 水・衛生 | 浄水、汚水処理、水質監視 | 原水・排水への適合、維持費、現地保守 |
| 学校のエネルギー | 太陽光、電力監視、省エネ | 学校の需要、管理者、点検・更新計画 |
| 公共サービスのデジタル化 | 画像解析、センサー、評価システム | 現地制度との整合、精度、運用・データ管理 |
提案に当たっては、相手企業が重視する分野を確認したうえで、現地で利用できる製品やサービスと比較し、費用、耐久性、使いやすさなどの違いを分かりやすく示すことが大切です。
3.インドでの稼働実績と小規模現地実証の進め方
Q4.CSR提案の前に、インドでの稼働実績は必要ですか?
インドでの導入・稼働実績は、提案の信頼性を高める重要な材料になります。一方、確認したCSR関連の制度資料では、すべての機器についてインド国内で一定期間の稼働実績を求める共通の法定要件は見当たりません。
日本で性能が実証されていても、インドでは水質や気温、粉じん、電圧変動、利用者の操作方法など、使用環境が異なります。CSR資金を拠出する企業にとって、導入した設備が故障などで使えなくなることは、事業の成果に直結するリスクです。
そのため、現地での実績がない段階から大規模導入を目指すよりも、まず小規模な実証で現地への適合性を確かめ、その結果を示す方が現実的です。なお、具体的な調達条件は企業ごとに確認する必要があります。
Q5.小規模現地実証はどのように実施できますか?
現地パートナーと協力し、用途、実施場所、期間を絞って実証を行います。その際は、機器の性能だけでなく、導入後に維持管理できるかどうかも確認することが重要です。実証は、次の三つの段階に分けて進められます。
①実証パートナーを探す
実証先としては、対象分野の社会課題に取り組む大学やNGOなどが考えられます。また、各地のスタートアップ支援拠点を通じて、関連技術を持つ現地企業を探し、共同でPoC(概念実証)を計画する方法もあります。
②実証計画を立て、小規模・短期間で試す
まずは用途と実施場所を一つに絞り、検証項目、実施期間、予算、役割分担を決めます。短期間で初期検証を行い、その結果に応じて追加の検証や規模の拡大を判断します。公的な助成金・補助金の活用も考えられますが、対象経費や実施期間などの条件を事前に確認する必要があります。
③性能と維持管理体制を確認する
現地での性能、使いやすさ、稼働状況、維持管理にかかる費用を記録します。併せて、点検・修理の担当者、消耗品や交換部品の調達方法、故障時の対応方法も確認します。季節による影響や長期耐久性など、短期間では評価できない項目は、その後の検証課題として整理します。
実証先・連携先の例①:IITパラッカドのGSCOE
水・衛生分野では、IITパラッカドのGSCOEが候補になります。水質・汚泥・廃水分析のラボとフィールド試験設備を備え、トイレや小規模処理ユニットを実環境に近い条件で評価できます。自社技術に合う試験方法や受入条件を相談する進め方が考えられます。詳しくは「インドの水・衛生・衛生行動(WaSH)分野を牽引する新拠点:IIT パラッカド『グローバル衛生センター(GSCOE)』」をご覧ください。[4]
実証先・連携先の例②:T-HubのJapanデスクを通じたスタートアップ連携
ハイデラバードのT-Hubは、スタートアップと企業・大学などをつなぐ拠点です。イースクエアもT-Hubと連携し、日本企業に有用な技術を持つ現地スタートアップの発掘に取り組んでいます。Japanデスクを窓口とする連携では、対象技術と検証したい課題を伝え、候補企業とのPoCの可能性を相談する進め方が考えられます。詳しくは「T-Hubについて:インド最大のスタートアップハブの紹介」をご覧ください。[5]
4.現地パートナーとの役割分担と持続可能な事業モデル
Q6.どのような現地パートナーと連携し、費用や役割を分担すればよいですか?
まずは、CSR資金を拠出する企業、現地の実施機関、技術提供者、設備の受入先が、それぞれ何を担うのかを整理します。外部の実施機関を活用する場合は、CSR-1登録※などの要件を満たしているかに加え、地域とのつながりや事業の実施・報告能力も確認します。
※CSR-1登録:所定の適格要件を満たすNGOなどの外部実施機関が、企業に代わってCSR活動を実施するために、インド企業省(MCA)へ様式CSR-1を提出する登録手続きです。拠出企業が自ら直接実施する場合には、この登録は不要です。外部実施機関を選ぶ際は、登録の有無に加え、団体の法的形態や活動実績など、適用される要件も確認します。
例えば、日本企業が機器・技術の提供を、現地企業が施工・保守を、設備の受入先が日常の管理を担う役割分担が考えられます。初期導入費、年間の維持管理費、設備更新費について、それぞれ誰が負担するかを明確にし、保守契約の終了後も運営を続けられるかを検討します。
事業の形態としては、設備と保守サービスの一括提供、現地企業との共同提供、利用料金を徴収して運営する方式などが考えられます。ただし、前述の3事例で、これらの契約形態や収益モデルが実際に採用されていることを示すものではありません。
Q7.インドでの事業展開を検討する日本企業は、何から始めればよいですか?
まずは対象地域と用途を絞り、「現地の課題を把握する→小規模に実証する→CSR事業として提案する」という順序で進めることが考えられます。それぞれの段階で、自社技術が現地で役立つことと、導入後も運営を継続できることを確認していきます。
①課題の把握:誰の、どのような課題を解決するのか
自社技術の説明から始めるのではなく、学校や地域住民、NGO、大学などに話を聞き、現地で何が課題となっているのか、現在はどのように対応しているのかを把握します。併せて、水質や電力供給、設置場所、利用人数、管理者の有無など、技術導入の前提条件を調べます。
そのうえで、現地で利用されている製品・サービスと比較し、自社技術の強み、必要な改良、導入費・運営費の概算を整理します。CSR資金を拠出する候補企業の重点分野や対象地域も確認し、対象地域、受益者、解決したい課題、技術の活用方法を簡潔にまとめた構想書を作成します。
②現地実証:小規模に導入し、性能と運営体制を確かめる
大学やNGO、現地スタートアップなどから実証パートナーを選び、検証項目、達成目標、期間、予算、役割分担を合意します。日本企業は機器・技術の提供、現地条件に合わせた調整、操作方法の説明などを担い、実証パートナーとともに性能、稼働状況、利用者の評価、運営費を記録します。
点検・修理の担当者や部品の調達方法を確認し、必要に応じて自社資金や公的支援制度による実証費用の確保も検討します。結果は報告書と改善計画にまとめ、短期間では確認できなかった耐久性などの課題も明示したうえで、次の段階に進むかを判断します。
③CSR事業の提案:社会的効果と導入後の運営計画を示す
課題調査と現地実証の結果を基に、CSR資金の拠出候補企業に具体的な事業を提案します。提案書には、受益者、期待される社会的効果、導入場所・規模、実施期間、成果の測定方法に加え、初期導入費、年間の維持管理費、設備更新費を盛り込みます。
また、日本企業、現地実施機関、保守事業者、受入先の役割と費用負担を明確にし、CSR事業としての対象要件や支出できる費用の範囲を提案先と確認します。技術の実証結果だけでなく、運営・保守計画と予算まで示すことが重要です。
インドのCSR事業への参入は、必ずしも容易ではありません。現地の課題に合った技術であることに加え、導入後も継続して利用できる体制を示す必要があるためです。一方、自社製品や技術の強みを現地の社会課題の解決に生かせるのであれば、CSR事業への参画が新たな事業機会につながる可能性があります。
最初から大規模な展開を目指すのではなく、対象地域と用途を絞り、課題調査と小規模な現地実証から始めることが一つの方法です。限られた予算と期間の中で、現地ニーズや技術の適合性、運営上の課題を確認できれば、製品の改良やパートナー選定に役立ち、CSR事業をきっかけとした本格的な事業展開につなげやすくなります。
イースクエアのインドビジネス展開支援
イースクエアは、こうした初期段階の市場・ニーズ調査、現地パートナーの探索、小規模実証の企画・実施を支援しています。自社技術をインドでどのように生かせるか、課題確認から現地での検証まで、企業の状況に合わせて進め方をご提案します。詳しくは、「インドビジネス展開支援」をご覧ください。
参照資料
[1] Toyota Kirloskar Motor、2025年2月27日、マイソール地区の浄水設備導入。
[2] Maruti Suzuki、2025年5月20日、カルコダ周辺の地域開発。公立学校への太陽光設備設置。
[3] Maruti Suzuki、2026年2月27日、タミル・ナドゥ州の7か所の運転免許試験自動化。
[4] イースクエア、IITパラッカドのGSCOE紹介(2026年4月29日公開、5月20日更新)。2026年10月7日参照。

